理系の落とし穴
こんにちは。東京工科大学CS学部准教授の冨永です。CS学部ブログに興味を持ってくれてありがとう。
このブログを読む高校生の皆さんは、多かれ少なかれ、ものをつくることや、何かを創造することに興味を持っていると思います。将来なにかよいものをつくるために、数学や理科、あるいは英語などを勉強しているでしょう。そういう勉強は結構むずかしい。だから皆さんはもしかしたら、そういった勉強だけやっていれば十分だろうという気分になっているのではないでしょうか。
ところが、そうやって理系の知識を身につけるだけでは、本当にいいものをつくるのは難しいのです。
たとえば自動車を考えてみましょう。車を作るには、車の仕組みについての知識が必要です。でもそれだけを知っていても、よい車、創造的な車は作れませんよね。車がどのように運転されるのか、車の形や色の美しさとはどういうものか、さらには、車を運転して何をするのか、どこに行くのか、そして車は社会でどういう役割を果たすべきなのか。そういうことまで考えることで、よりよい車を創ることができるのです。
理系科目である数学や理科(科学)は、「〜である」ということは教えてくれます。円周は半径の2π倍である。地球はおよそ楕円体である。物は地球に引かれて落ちる。しかし、「〜は良い」「〜は美しい」「〜であるべきだ」ということは一切教えてくれません。「〜は良い」を知らずに、どうして良いものが作れるでしょうか。
数学や理科と違って、良さや美しさは「これをこの順番で勉強すれば身につく」というものではありませんから、どうも漠然としていてよくわからないと感じると思います。その通りです。数学や理科とは違った難しさがあります。授業や教科書ではなかなかうまく学べないという難しさが。そしてそれを学ぶには、数学や理科を学ぶのと同じくらいの、いやそれ以上の時間がかかります。
だから皆さんには、今のうちから、良さや美しさを知るための学びを始めてほしい。特に、人間がこれまで何をしてきたのか、その過程で、何を良いものとし、何を美しいものとして見出してきたのか。人間は知恵を蓄積しつつ時を歩んでいます。皆さんもきっと好きなゲームやロボット、アニメなどは、これまでに蓄積された膨大な知恵を使って作られたものです。皆さんも素晴しいものを作ろうと思うなら、その知恵を知りましょう。
心配しなくても大丈夫。どうせやり方は決まってないし、終わりもありません。私もまだ学んでいる最中です。そのためにはいろんなことができます。本を読む。美しい音楽を聴く。楽器に親しむ。美術館や博物館へ行く。自分でも絵を描く。演劇を楽しむ。武道や書道や茶道など、道にまで高められたものを経験する。丁寧に作られた食事を味わう。旅行をして街や自然の中に身を置く。他にもいろいろあるでしょう。
中でも読書はいつでもどこでもできるのでおすすめです。いくつか本を紹介しましょう。
•「読書力」齋藤 孝(岩波新書、2002年):よい読書ガイドです。おすすめの本も多く紹介されています。
•「家族八景」筒井 康隆(新潮文庫、1975年):現代が舞台の小説です。続編もあります。
•「用心棒日月抄」藤沢 周平(新潮文庫、1981年):小説。江戸時代が舞台。
•「梟の城」司馬遼太郎(新潮文庫、1965年):戦国末期が舞台の歴史小説です。
•「一九八四年」ジョージ・オーウェル(ハヤカワepi文庫、2003年):世界的名作。1949年発表の新訳です。
•「愛するということ」エーリッヒ・フロム(紀伊國屋書店、1991年):これも世界的に広く読まれています。
•「哲学入門以前」川原 栄峰(南窓社、1967年):人間の知の体系への入門。
•「閉された言語空間」江藤 淳(文春文庫、1994年):副題は「占領軍の検閲と戦後日本」。
•「自由論」ジョン・スチュアート・ミル(岩波文庫、1971年):原著は1859年の古典。社会生活における自由を理解するための必読書。
皆さんが、良いものや美しいものへの理解を深め、将来そういうものをどんどん創造していけることを願っています。もちろん、数学や理科の勉強もしっかりね。
CS学部准教授 冨永 和人
2009年12月 1日 (火)