コンピュータとバイオと音楽の関係?
コンピュータサイエンス学部准教授の冨永です。今日は私の研究室で行なっている研究の一部を紹介します。
私の研究室では人工化学というものを使っていろいろな研究をしています。人工化学とは研究手法の一種で、化学反応式のような記法を使って仮想的な化学反応系を作り、その化学反応系をコンピュータの中でシミュレートして観察するというやり方です。言ってみれば、神様になったつもりで、原子や分子を設計し、その間の反応を好きに決めて、化学反応の世界を作るようなものです。私の研究室では、この手法を使って、DNAから蛋白質を合成する過程など、生体内のさまざまな反応をモデル化しています。あ、モデル化というのは、対象をあらわす模型を作ることです。実際の自動車に対して、そのプラモデルを作るようなもの。人工化学の場合には作るのが数式なので、手ではさわれませんけど。そのようにモデル化をすることで、対象である生体とそこでの現象を深く理解しようという試みです。人工化学は、バイオとコンピュータの橋渡しをしてくれる研究手法です。
これはシミュレーションソフトウェアの動作画面です。細胞内で膜を使って物質を運ぶ動きをモデル化してシミュレートしているところです。
このように人工化学はもともと生命を研究するために考えられたものですが、私の研究室ではこれを音楽の自動作曲にも応用しています。
化学反応と作曲にどういう関係があるんでしょう?
コンピュータは基本的に、プログラムに書かれた順序で処理を行ないます。プログラムには、こういうデータはこうする、こういう操作があったらこうする、などが書かれています。データや操作によって処理が変わるとは言え、とあるデータや操作が与えられたら、コンピュータの動作は基本的に一本道を進みます。このように、各時点でやることが決まっていることを、「決定的である」と言います。プログラムに書かれる手続きは(普通は)決定的だということです。
これに対して、作曲は一本道ではありません。メロディーの最初の音としてドの音を選ぶのかレの音を選ぶのか、あるいはその小節の伴奏としてドミソの和音をつけるのかレファラの和音をつけるのか、その場で必ずしも決められるものではありません。このように、選択肢がいくつかあるようなことを、「非決定的である」と言います。どの選択が正しいのか、その場ではわからないような手続きは非決定的です。作曲という手続きは非決定的なので、プログラムとしては表現しにくいのです(プログラムは普通は決定的な手続きを書くものなので)。
(「決定的」とか「非決定的」という言葉の正確な意味については大学での授業をお楽しみに。)
では、化学反応を考えてみましょう。試験管に入った溶液中にたくさんの分子があることを想像してみてください。ある時点で反応を起こせる分子がいくつもあるとしたら、そのうちどの分子が反応するかは決まっていませんよね。選択肢がいくつもある状態です。だから化学反応系の振舞いは非決定的だと言えます。人工化学はそのような化学反応系を表現しシミュレートするので、作曲のように非決定的な手続きを表現してそれを動かすのに適しているのです。
実際には作曲は次のように行ないます。音や和音を原子に見立てます。それらがぶつかって結合し、メロディーや小節を構成します。できた小節がつながることで曲を作っていきます。どのような音や和音がどのように反応するかは、化学反応式として書きます。それらをシミュレーションソフトウェアに与えて動かし、しばらく待つと曲ができます。原子や分子や化学反応式を変えることで、別の種類の曲を作ることもできます。どんな曲ができるかの例は自動作曲のページに乗せてあります。詳しいやり方を知りたかったり、実際の動作が見たいなら、学園祭に来てください。
「コンピュータ」や「バイオ」という分類は便利で分かりやすいものですし、各分野の内容がよく分からないうちは助けになる考え方です。でも、その分類が絶対の境界だと考えてしまうと、面白いことを見落としてしまうかも知れません。何が大切なことか、自分が何を面白いと思うか。与えられるのを待つのではなく、自分の頭で考えて選びとっていくことが大事だと思います。もちろん、ひとりよがりにならないように、必要な知識はしっかり身につけなければいけませんけどね。
冨永和人
2010年8月24日 (火)