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2011年1月

2011/01/19

学会参加奮闘記

2011/01/19

研究という道を選んで20年余りも立ち,日本国内や海外の学会に数多く参加してきて,様々なハプニングに出会ってきました。今回は,昨年3月にチリで開催されたIEEE International Conference on Industrial Technology(2010年3月14日~17日)という国際会議に参加したときの体験を皆さんに披露したいと思います。

1) 税関突破?
出張する直前に,フライトチケットを購入した旅行会社から連絡があり,チリ地震(2010年2月27日にチリ中部沿岸でマグニチュード8.8の地震が発生し,八百人を超える死者が出るほど大きな被害があった。)の影響で,もともと予約したトロントからチリ首都サンディアゴ行きの直行便がキャンセルになり,アルゼンチンのブエノスアイレスで乗り換える便と一緒になりました。早速ホームページで確認したら,中国人はアルゼンチンでフライトの乗換えでも通過ビザ注1)が必要だそうです。後一日しかありませんので,いまさらビザの申請が無理だと思いました。仕方なく,とりあえずアルゼンチンの税関で運試しを覚悟して出発しました。取ったルートは「成田~トロント~ブエノスアイレス~サンディアゴ」でした。そのまま引き返すこともあるかもしれませんので,飛行機の中でとりあえずゆっくり休みました。トロント空港で6時間ほど待ちまして,不安を抱えてアルゼンチンに向かいましたが,心配と裏腹に,セキュリティーチェックだけで済んで,通過ビザ無しでも全然大丈夫でした。ほっとして,ブエノスアイレス~サンディアゴの飛行機の中でフリーのワインを飲んで祝杯をあげました。

2) チリの入管
現地時間午後4時にサンディアゴに無事に到着しました。着陸45分後にようやく機内から出ることができました。搭乗口まで通路があるのに,なんと飛行機の搭乗用階段でエプロン(駐機場)に降りることになっていました。降りてからやっと時間がかかる理由がわかりました。地震で空港の設備はすべて使えなくなり,乗客の荷物はなんと飛行機の周りに並べてありました。やっと自分の荷物を見つけて,建物に向かおうと思ったら,テントの方へ誘導され,なんと入国手続きはすべてテントの中でやることになっていました。結局,サンディアゴの空港建物には一歩も踏み入れず,連結されているテントを通って午後5時半ごろにようやく通関し空港を出ました。

3) 予約したホテルは?
サンディアゴから120 kmも離れているVina del Marという学会開催地やっとの思い出で到着しました。しかし,自分の予約したホテルはなかなか見つからず,書いている住所の近くで尋ねてみましたら,地震でこのホテルがすでに廃業となり,看板もはずしていました。「道理で!」と納得すると同時に,出発直前にホテルに出したe-mailに返事がもらえなかった理由もわかりました。仕方なく,夜の8時に荷物を抱えて,闇雲のごとく,町の中を走り回ってホテルを1軒ずつ訪ねてみました。英語をしゃべっても相手に理解してもらえず,「地球の歩き方」からスペイン語のカタカナ発音を確認し片言をしゃべって交渉しました。このとき,工科大初代学長の高木先生がおっしゃった「スペイン語が重要だ」の意味がよくわかりました。運よくあるホテルの屋根裏部屋が空いていました。早速手続きしてホテルに入り,幸せのシャワーを浴び,落ち着いて再度町の中のコンビニを探し,飲み物を買って無事到着を祝いました。

その後,学会発表が無事に終わり,また,特に,IEEEのIndustrial Electronics Societyのアメリカグループの皆さんと意気投合し,いろいろのディスカッションができたことはとても大きな収穫でした。

注1:通過ビザに関する独り言:
僕は中国の国籍で,ほとんどの国に行くのに前もってビザを取得しておく必要があり,大量の書類を用意するために,大学の関係者にお手数をかけまくっています。また,学会発表よりも,そのビザを取るのに疲れてしまうことがしばしばあります。特に911事件の後,その国に入らないで空港での乗換えでも「通過ビザ」というビザを前もって申請しなければならないように,アメリカをはじめ多くの国が要求するようになりました。なるべく通過ビザのいらない国または割と簡単に申請できる国を選んで,フライトルートを選択している今日この頃です。

CS学部 佘 錦華
2011年1月20日

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