こんには、pukutaです。東京工科大学の教員です。
今日は、私が携わっている研究の関連で、お茶(緑茶)について話させてください。数年にわたって研究室の学生に聞いてみて意外に思ったことは、お茶は若者に地道な人気があるようです。品種にコダワリを持つところまではいかないまでも、お茶は幅広い年齢に親しまれていることを実感しています。私はニオイの研究をしていて、お茶の香りで品種や劣化状態を判断できるセンサの開発に、その一環として取組んでいます。ニオイは様々な気体分子で構成されていますが、その分子の情報を総合的とらえて、人に分かりやすく表現して、生活に利用できるようにする研究を進めています。
茶の木は中国の南部からインド北部にかけての南アジアが原産地とされている、ツバキ科の木です。茶畑の木をみると、ツバキと確かに似ている印象を受けます。茶の木には緑茶に適した中国種・日本種と紅茶にむいたアッサム種とに大別されます。同じ品種であっても、土壌や気候によって生茶(摘み取ったばかりの未加工の葉)の品質は異なり、さらに加工する方法によって製茶された茶葉は千差万別です。
皆さんは、生茶の加工法によって緑茶、紅茶、ウーロン茶などの代表的な茶葉に区別されることをご存知でしょうか。茶の葉には葉緑素を主体とした自分自身を酸化・分解する酵素が備わっていて、この酵素は葉を摘み取った直後から活動して、発酵が始まります。この発酵による変化は、生茶が褐色に変色する様に現れ、発酵させる程度により、緑茶、ウーロン茶、紅茶などと区別されます。緑茶の製造は、摘み取った生茶を蒸気で蒸したり、釜炒りしたりなどの熱処理をかけて酵素を変性させ、その活性を失わせます。すなわち、生茶の分解を抑えて、葉の成分をなるべくそのまま保った状態で製茶しています。すなわち発酵させていないので、緑茶は非(無)発酵茶とよばれます。ちなみに、世界全体の生産は紅茶が圧倒的に多く、ほとんど緑茶のみを生産している日本は特異な存在です。
左から緑茶・紅茶・ウーロン茶です。紅茶はウーロン茶に比べてに葉が小さいですね。茶の木自体、紅茶に適したインド系のアッサム種は、中国種との違いが茶葉の形状からも分かります。
一方、紅茶は熱処理をかけずに、酵素の働きを温存させて生葉を十分に発酵させています。よって、発酵茶とよばれ、発酵の過程で新たな香り成分が生まれてきます。ウーロン茶は発酵途中で熱処理を加えて発酵を中止させたもので、中間状態の半発酵茶とよばれます。プアール茶など、独特の花様の香りがする茶がありますが、発酵の過程で花の香りの成分が生まれるもので、花を混ぜた(加えた)ものではありません。これは、酵素による発酵を終えた後に、コウジ菌を加えて新たに発酵を再開させたもので、後発酵茶とも呼ばれています。微生物に発酵させて、花の香りが生まれるのは大変不思議ですね。香り付け(付香)のために混ぜものをする加工方法もあります。花茶とよばれる、ジャスミン茶や桂花茶などがこれです。この場合、茶葉自体は低品質のものを使うことが多いようです。
飲茶のルーツとされる中国では、古来より多様な加工(発酵)方法が存在します。茶を色で大別する方法では、緑・白・黄・青・黒・紅とカラフルで、奥深さがうかがえます。乱暴な言い方をすると、中国茶=ウーロン茶と捉えてしまいがちですが、茶木の品種と発酵方法の組み合わせで、数百ともいわれる茶の種類があるようです。以前、私は神戸で中国茶の専門店に入った時、その種類の多さと価格の幅の広さに驚いたことがあります。中国では、日本の蒸すのとは異なり釜入り加熱で発酵を止めるのが主流のようでが、日本と同様に緑茶での消費が一番多いようです。また、珍しいものでは、磚茶(たんちゃ) とよばれるものがあります。これは茶葉を湿らせてから押し固め、磚の文字の意味のごとくカワラのように圧縮整形して運搬に適したものにしています。これらは、中国の辺境部のチベットやモンゴル、ロシア方面に送られ、野菜不足から欠乏しがちなビタミン類の供給源としてそこに暮らす人々には無くてはならぬものになっています。辺境部からは優良な馬が産物として茶と交換され、その交易路は「茶馬古道」としてドキュメンタリー番組としても紹介されました。ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。
茶は、「煮る」、「淹(だ)す(湯に漬けて溶かしだす)」などで、飲用する方法が一般的です。茶に加える添加物としては、塩、砂糖、乳製品(バター、ミルク)が用いられることがあります。さらに、穀物を加える場合もあります。日本では何も加えないで、淹(だ)したままでいただくことが一般的ですが、お茶に小粒の「アラレ」を加えたりすることがあります。また、茶粥や茶漬けも考えようによっては茶の楽しみ方の一つの形態でしょうか。これは言い過ぎのように思えますが。
近年、お茶の効用が多面的に明らかにされてきました。ガンに代表される成人病の原因となる活性酸素を除去する効果、高血圧や高コレステロールを改善する効果など、その他にも優れた生理作用が報告されています。また、その香りの癒し効果や消臭効果なども確認されており、飲み物以外に様々な商品が出ています。スウィーツやソバなど様々な食品に加えられたりしていますね。また、芳香や消臭の効果を期待して、まくら、シーツ、ハンカチ、石鹸、シャンプーなどに加えられて、肌身に迫る勢いです。ちなみに、飲料品の中で、茶類は一番の消費を誇っています。
さて、私たちが開発したニオイセンサは水晶振動子というものをベースとしたものです。ガラスと同じ成分でできている水晶の薄い円板は電圧をかけると一定の頻度で振動し、そのペースは振動数という量で表されます。この振動数は水晶の質量の変化により比例的に変化します。この振動数の変化量を測ることで、水晶にかかる質量の変化を知り、微小な質量を量ることができます。私たちの使っているものでは、1Hz(1ヘルツ、1回/秒)の振動数変化が、1ng(1ナノグラム, 10-9g)の質量変化に相当します。この水晶円板そのままでは、ガス分子を吸着する力が極めて弱いので、強力なガス吸着力を有するセンサ膜を表面に薄くコーティングしています。プラズマとよばれる放電ガスを生体材料に作用させることで炭化させて強力なガス感応膜の作製法を独自に開発しました。この感応膜のおかげで、人でも分からないような微弱なニオイを測ることができるようになりました。性質の異なった8種類の感応膜を別々の水晶にコーティングしたものを集めて、測定容器内にセットしてセンサ軍団をつくります。ここにニオイを送り込んで測定します。
左は水晶円板(直径約1cm)に感応膜をコーティングした2種類のニオイセンサ(直径約1cm,中央部の金色の部分は金電極)、右は8種類の異なったセンサを組み込んだセンサセットです。
8種類の全てのセンサからの応答をパソコンで統計処理してニオイの地図を作ります。8種類の全てのセンサからの情報を統合して1つのニオイを地図上の1点に示すようにします。複数のセンサの力を合わせてニオイ地図を作り、この地図を読み解くことでニオイの特性を理解したり、ニオイを分類したりできるようになります。
少し具体的にその方法をお話します。センサからの信号波形を強度や幅を用いて数値化し、ニオイ情報を数字に変換します。この操作はセンサ応答からの特徴量の抽出とよばれ、数値化することで数学的なデータ処理が可能になります。一つのセンサ波形を表す特徴量は複数(n個)あることもあり、センサが8種類でセンサセットが構成されているので、8n個の数値で一つのニオイを表現することになります。難しい表現をすると、8n次元の空間の中の一点として、ある測定したニオイがプロットされることになります。3次元空間より次元が大きいと、私たちはそれを見ても認識できません。そこで、高次元空間のプロットを2次元平面へと次元を下げて表す処理をパソコンで行います。これは2次元平面への投影とみなすことができ、主成分分析とよばれる処理方法で実現可能です。次元を下げて(集約して)投影させるため、全ての情報が映し出されるわけではありません。一部の情報は失われてしまします。この情報の損失を最小限に止めることは、投影プロットが最大限にバラツイテいる二次元平面を探し出すことに相当します。バラツキが最大になる平面が示されるので、我々には各プロット間の区別が容易になります。すなわち、この二次元平面はニオイを区別しやすいようにした地図とみなすことができるのです。この地図をもとに、ニオイ間の相似性を調べたり、未知のニオイをこの地図上にマップして、どのニオイに近いのかを判断することも可能になります。私たちの開発した装置で作成した茶葉のニオイ地図を下に示します。
センサからの情報に基づいて作成した茶葉のニオイ地図です。人の嗅覚アンケートではグリーン調が上に行くほど強い印象となる傾向がありました。
y軸は情報量が最多の投影軸で、全情報量の75%を含んでおり、第一主成分とよばれます。また、y軸と直交して2次元マップを構成するx軸は第二主成分とよばれ、この場合は情報量15%でした。主成分分析から得られた縦軸や横軸に関して単位はありません。地形図ではキロメートルなどの単位はありますが、この場合に類似性を距離感でとらえ下さい。また、ここでは同一サンプルを3回測定したものの重心点の1点で、そのサンプルの位置を表しています。点線で囲んだ楕円は、サンプルが分布する領域を示しています。
この地図からまず言えることは、半発酵茶のウーロン茶や発酵茶の紅茶(リプトン)と、非発酵茶の緑茶群は領域分けができています。人の嗅覚では紅茶と緑茶のほうが近いのですが、このセンサによるニオイ地図では、紅茶と近い場所に位置する緑茶が複数種認められます。
情報量の多い第一主成分で、緑茶グループを見てみます。「べにふうき」は花の香りの印象もある発酵茶用に開発された品種で、紅茶と近い場所に位置します。逆に、y軸で上のほうにある「藤枝かおり」や「香駿(こうしゅん」は、さわやかな青葉の香り(グリーン調)が強い品種です。研究室の学生に茶葉を嗅いでもらってアンケート調査をしました。すると、グリーン調の印象がy軸で上に行くほど強く、逆に下に行くほどフローラル調が強い結果となりました。このように、ニオイセンサで作成したマップからは、人の嗅覚を反映した傾向が得られており、センサの有効性を確認できました。ウーロン茶は紅茶より、y軸の上に位置しており、グリーン調が強いことも示されました。
これらの結果は、人の嗅覚と関連づけて考察をくわえたものであり、今後検出のメカニズムを分子レベルで解明していく必要があります。また、茶葉の劣化をニオイの変化で把握する研究も、このニオイセンサを用いて取り組んでいます。室内で茶葉を放置した場合、冬は夏に比べて劣化の速度が半分程度という結果が得られています。ニオイの情報は分子の情報に還元できますが、分子の種類とその数の組み合わせで定められますので、10の何乗というものすごい量を考えなくてはなりません。それを各成分に分けないで、総合的に「○○のニオイ」として認識する動物(人を含めて)の嗅覚はスゴイと、この研究を通して常々感心しています。
pukuta でした。